ダイヴ・イン・ブルー

初夜。大先生による首絞め行為有

 ロイヤル・プロムナードの扉が閉ざされたのを確認すると、サンクレッドは伸びをした。
 お忍びで「リリラお嬢様」の監視を請け負うのは正直、肩が凝る。王政庁の赤い絨毯を踏みしめるより、血濡れた床を歩くほうが楽だった。それも今夜は終わりだ。
 気を抜いた身体が空腹を訴えてきて、朝から何も口にしていないと気づく。食事を摂るのも億劫で、適当につまんで帰ろうかと考えているとフロンデール歩廊へ出た。
 中央にある水場は気温の高いウルダハで、憩いの場となっている。足を水へ浸して涼を取るララフェルを横目に通り過ぎると、見知った顔に出会う。
「ウリエンジェ」
 カウルから突き出た耳が反応を示し、振り返った長身がサンクレッドを認める。
「ああ。貴方でしたか」
「めずらしい場所で会うな」
 砂の家で執務長に就くウリエンジェは、筋金入りの出不精だった。手元の包紙を見て合点がいく。
「錬金薬の受け取りか?」
「ええ。納品が早まりましたので」
 ウリエンジェは包紙を開くと、黒い薄型の箱をサンクレッドへ渡した。
「いつもの、です」
「助かるよ」
 錬金薬を受け取りサンクレッドは中身を検める。緩衝材の敷き詰められた箱にはアンプルが並べられていた。
「うん。間違いない」
「左様で」
 錬金薬を発注しているのはウリエンジェだが、用途は知らない。尋ねられたこともない。だから、サンクレッドは彼に依頼する。そういう類の品を。
「飲みにでも行くか」
 箱をしまい、ウリエンジェに誘いをかける。お互い不規則な生活が多く、食に関しても必要な栄養を求める質だった。道楽で酒食するのも久しい。
「いいですね」
 あの店にしましょう。これもまた珍しく、ウリエンジェが行き先を決めた。

 市場にほど近いその店はジビエで有名だった。新鮮な獣肉を提供しており、種類が豊富な中でも刺身肉が人気となっている。常連が足を運ぶ目当ての品だ。
「美味いか」
「はい。とても」
 すり下ろしたガーリックが浮かぶタレに刺身肉を浸し、咀嚼するウリエンジェの顔が綻ぶ。味の濃さを度数の高いエールで流し込み、席に置かれた品書きに視線を落とした。
「此れはどの部位を指しているのでしょう」
「肝臓だな。気になるか?」
「試したいです」
 サンクレッドは片手を上げ、レバーと追加のエールを注文する。ウリエンジェはと言うと、驚くほど真面目に品書きを読んでいた。それが面白く、話しかけずに酒の残りを空ける。
 最初に店へ連れてきたのはサンクレッドで、食わず嫌いの多い彼を揶揄おうとしたのだ。本国シャーレアンを出るまで生食に縁遠かったウリエンジェは、こわごわ刺身肉に口をつけた。それも初めだけで、最近はもっぱら「挑戦中」らしい。
 次はリムサの牡蠣でも食いに行くかと思っていると、空の杯と交換に新しいエールと皿に載せられたレバーが運ばれてくる。
「サンクレッド」
 ウリエンジェはなみなみ注がれたエールを、サンクレッドの杯へと傾けた。
「さっき、しただろう」
「愉快ではありませんか」
「妙なヤツだな」
 サンクレッドは苦笑し、エールの白い泡が唇にあたる感触を楽しむ。向かいでは杯を置いたウリエンジェが欠伸を噛み殺していた。褐色の手が口元を覆い、ゴーグル越しに目を瞬かせる。
「失礼。徹夜明けなもので」
「程々にしておけよ」
 独特の言い回しで周囲を敬遠すると思われがちなウリエンジェは、職務に関しては手厚く、付き合いも悪くなかった。早い話が振られた仕事を断れないのだ。そうして溜め込んだ業務を夜通しで仕上げる。
「お前はもう少し要領よく……ふぁ」
 サンクレッドの言葉は欠伸によって遮られた。レバーを手につけようとしたウリエンジェも気づき、クスクスと笑い声を立てる。
「貴方もお疲れのようですね」
「……リリラ様は手が焼けるんだよ」
 いいから食え。そう促して、サンクレッドも刺身肉に手をつける。二杯目のエールは汗をかき、ごま油で味わうレバーをアテに飲む頃には温くなっていた。心なしか湿度も高く感じる。雨が降るのかも知れない。

 ぱらぱらと降る雨の中を二人は歩いている。雨粒が石畳を染め上げて、埃臭さを漂わせる瞬間がサンクレッドは好きだった。
「恵みの雨だな」
「広い範囲で降るとの事です」
 傘を持ってこなかったのか、と言おうとして止める。ウリエンジェを引き留めたのは自分で、何より彼が傘を差す姿は珍妙な気がした。
 暗雲の端が光り、遅れて雷鳴が届くと雨脚が強まる。
「降水量までは聞き及びませんでした」
「走るぞ」
 見る間に水浸しとなった道を通り抜け、軒先へと辿り着く。建物との間に張られた日除け布は雨の重みで沈み、裾からは水が滴り落ちていたが、濡れるよりマシだった。
「嗚呼。泥が跳ねてしまいました」
 カウルを摘み、ウリエンジェは黒点の散らされた箇所を見せる。雨を凌ぐより、服の汚れを払うほうが重要らしい。
「染みになるな」
「浣衣はお任せします」
「何でそうなるんだ」
 ウリエンジェは鈴が鳴るように、再び声を立てる。笑い上戸なのかも知れなかった。今夜の彼は上機嫌で口数も多く、そして素直だ。
 ほんの僅かに昔を思い出す。まあるい飴玉の金目と、鈍色のやわらかな髪。サンクレッドの記憶はそこで途切れている。成人したウリエンジェの素顔を、未だ知らずにいた。
「さて。どうしたものか」
 空を見上げてサンクレッドは独りごちる。通り雨ではない天気に、宿を取るのが賢明だと判断した。幸い明日は互いに非番だ。
「先生」
 サンクレッドが提案するより早く、女性がウリエンジェに声を掛けたのはその時だった。
「先生じゃないか。最近、ご無沙汰だね」
 豊満な身体を強調する衣服を身につけたルガディンは、ひと目で商売女だと分かる。
「……そちらも、お変わりございませんか」
 ウリエンジェの声音が硬くなり、決まりが悪い態度に「なるほど」と、思う。
 なるほど。そう言うことか。
「そう警戒なさんな、ただの世間話だよ。隣の色男は先生の知り合いかい?」
 話の矛先が自分に向き、サンクレッドは微笑む。いつもより、ずっと穏便に。
「ウリエンジェの同僚です。参ったな、こんな素敵なレディにお世話になってるなんて」
 滑らかに出る言葉に歯が浮く。金で買われる彼女たちは「同業者」に近い存在だ。
 サンクレッドは自らに、それ以上の価値を見出そうとしている。
「残念ながら、先生は私みたいなデカい女は好みじゃなくてね」
 手をひらひらと振り否定してみせる。彼女は目のきつい、派手目の美人だった。商売女としては上等だろう。それが何故こんなにも、サンクレッドを苛立たせるのか。
「でもね。先生に抱かれた女は口々に言うよ。どんな客よりも優しいって」
「そうなんだ?先生」
 貼りつけたままの笑顔でサンクレッドは問うが、返事は無い。黙り込むのはウリエンジェの悪い癖だ。首が折れる程に俯き、ただ時が過ぎるのを待っている。
「そうそう、うちの娘がね。近々、客に引き取られるんだ」
 嘘だ。彼女の虚言を見抜くサンクレッドは助け舟を出さなかった。これはお前が撒いた種なのだから。
「店を辞める前に先生に会いたいって。来てくれるだろう?」
 褐色の両手を彼女が包み込む。懇願にも似た仕草に振りほどくことも出来ず、ウリエンジェは喉奥から声を絞り出した。
「……顔を見せるだけなら」

 まぁ、そうだろう。お前は優しいから。
 頭の片隅で燻る意識が、焼き切れる音がした。

◇ ◇ ◇

 其処は全てが紅い場所だった。
 足音を消す絨毯も、秘め事を隠すように引かれたカーテンも、舶来品であろう調度品さえ。間接照明が赤に染まった空間を浮かび上がらせている。
 カウルに落ちた雫を手布で拭い去り、寝台に腰掛けるとウリエンジェは溜め息をつく。件の彼女は勤務中と告げられ、会えずじまいだ。二、三、言葉を交わす予定が部屋にまで通されてしまった。
 浴室から水音が聞こえ、サンクレッドが「濡れたから」と湯浴みへ向かったのを思い出す。一体、どういう神経をしているのだ。
 しばらくの後、脱衣所の扉が開き湯気と共にサンクレッドが現れる。瞬間、ウリエンジェは目を奪われた。しなやかな裸体は完璧で、全身の傷跡ですら施した模様に感じる。
 彼は寝台の脇机にある茶器から液体を注ぎ入れ、中身を飲み干した。普段はチョーカーで隠された喉元が隆起するのを認めてウリエンジェは俯く。
「で、目的のレディには会えたのか?」
 首を横に振ると分かっていたとばかりに、サンクレッドが肩を竦める。
「だろうなぁ」
「やはり、私は欺かれたのですね」
「商売では上手だったと言うだけだよ。此処は他所の娼館に比べ良心的だ」
 ウリエンジェには彼の言が不可解に思えた。自分はこの場しか知らない。また、その方面にサンクレッドが明るいことも不快だった。
「……何かお召しになって下さい」
「これから寝るのに?」
 白い肌に目を逸らして伝えれば、脇机にグラスを置く音が響く。ウリエンジェも「寝る」の意味をはき違えるほど初心では無い。流石は愛の吟遊詩人だ。
「では、私はお暇致します」
 と、身を起こす肩が抑えられた。のしかかる重さにウリエンジェは顔を上げる。
「サンク……」
 名を、最後まで呼べはしなかった。視線を合わせた先に、よく知る色を見たから。
「お前が俺を、抱くんだよ」
 断定的な言葉。原石を丸ごと取り出したような淡褐色がウリエンジェを捕らえる。
 この瞳に、逆らえない。

 幼少の頃。サンクレッドは緩やかな成長期を迎えたウリエンジェへ手を伸ばしてきた。育ちきらない性器に触れた理由は知らない。
 変わらないのは瞳の奥から垣間見える、底のない孤独だった。仄暗いその色を見ることは、もう無いと思っていたのに。
 フードに手をかけられたウリエンジェの肩が跳ねたのを見て、サンクレッドは苦笑する。
「そう身構えるなよ」
 白い手がゆっくりとフードを脱がし、束ねられた後ろ髪を解く。ゴーグルを外せば、鈍色の睫毛に縁取られた金目が現れた。
「綺麗になった」と低い声が囁き頭を撫でる。唇が褐色の首筋に吸い付いて、後頭部の手は肩を、胸を、伝っていく。
「昔はこうして触れていたじゃないか」
 下降した掌が太腿を撫で上げウリエンジェの中心を捉える。形を確認するように服の上から摩ると、徐々に硬度を増していく。兆したソレを下着から取り出し指を絡ませた。下生えが処理された幹は先走りが滲み、サンクレッドの情欲をそそる。
「こっちも立派になったなぁ」
 舌舐めずりをして白銀の髪が下肢に潜り込む。口内に迎え入れ歯を軽く立てながら扱き上げると、褐色の指先がシーツを握りしめた。
「……んっ、うっ。……ッ、」
 舌先で裏筋を刺激してやると耐えかねたウリエンジェが口元に手を当てる。鼻にかかる声が快楽を示していた。
「その癖も変わらない」
 根本から先端までを舐め上げて亀頭にしゃぶりつく。溢れる滑りを借り、サンクレッドは頭を前後させた。頬を窄めながら緩急をつけウリエンジェを頂きへと導いていく。
「サンクレッド……!」
「いい。出せよ」
 上目遣いで答え、切先へ強く吸いついたのを合図に白濁が口内へ流れ込む。喉奥に叩きつけられた苦さを嚥下すると、サンクレッドはうっそり微笑んだ。
「気持ちよかったか?」
 薄い唇が長く呼気を吐き出し、蕩けた瞳が此方を向く。ただ黙ってウリエンジェは頷いた。
「いい子だ。準備するから待ってろよ」
 そう言って、サンクレッドは寝台に乗り上げる。ウリエンジェは交代で立ち上がり、ボトムとサンダル。そしてカウルを脱ぎ捨てた。素肌を晒す勇気は無い。シーツの上には均整のとれた美しい肉体があった。
 装身具を外しインナーを纏った姿で寝台へ戻ると、サンクレッドが備え付けの棚──豪奢な装飾が施されている──へ手を彷徨わせている。
「……上から二段目です」
 サンクレッドは「分かってるじゃないか」と揶揄う視線を向け、抽出しから潤滑油を取り出した。
 知識として蓄えた同性との性交渉。その当事者になるとは考えもしなかった。己の性的対象は女性であるが、サンクレッドだけは異なる。初めて性器に触れさせたのは彼であったし、性行為を目の当たりにしたのも彼だった。
 幼い自分は彼に触れるなど出来ず、また触れるのも恐ろしかった。この瞬間だって恐ろしい。あの時、触れられなかった身体が目の前にある。
「少し解しておいたんだが、念のためな」
 飾り板に背を預け、足を開いたサンクレッドは掌に潤滑油を垂らし馴染ませると、本来「出口」である場所へ指を差し込む。
「ん……」
 一本目を難なく飲み込ませると、内側で弧を描き数回出し入れをする。頃合いを見計らい二本目を。窄まりがひくりと痙攣し、僅かに桜色を覗かせた。
「ぁ、あ、ァ」
 目を瞑り、か細く喘ぎながらサンクレッドは白銀の髪を揺らす。片手は陰茎を扱き上げ、内壁を解す指は男にだけ存在する性感帯を探り当てようと、忙しなく動いていた。
 いい場所を掠めたのだろう。生白い喉が仰け反り、幹の先端から白濁が伝う。ひどく扇情的で、艶やかな光景だった。
「……っあ!?」
 白い指が後孔を大きく拡げたとき、別の圧迫感が襲ったことにサンクレッドは気づく。見開いた目の先には褐色の手があり、中指が体内で蠢いていた。
「おひとりで愉しまないで」
 ウリエンジェの甘い声が耳打ちすると、先のサンクレッドと同様に首筋へ口づける。
「んぁっ、あ、……ッ」
 長い指が押し入り、堪らずサンクレッドは肩口へ縋りつく。エレゼンの指はヒューランの指より、ずっと奥に届いた。潜り込む指先がゆるゆると前立腺を掠めて、下腹に熱を集めていく。彼の性格が表れた控えめな愛撫に、もどかしさが募る。
「あっ、ぁっ、も……いい、から……ッ!」
 尺骨の浮き出た手首を掴んで、自分の指ごと引き抜く。すっかりと濡れた菊門が、待てないとばかりに収縮を繰り返していた。
「サンクレッド……」
「なぁ、欲しい」
 サンクレッドは自らの下腹に触れ、媚びを含んだ声で誘う。銀糸の睫毛が瞬いて左目からは涙が零れ落ちた。
「ここにお前を挿れて。俺を啼かせて」
「……は、い」
 ほとんど吐息で返事をし、ウリエンジェは避妊具を取り出そうと先程の抽出しへと腕を伸ばした。すると取手に垂れ下がる鈴がちりんと音を立て、サンクレッドの手が押し留める。
「そのままくれ」
「ですが……」
 サンクレッドの眉が八の字を描く。彼が説きつける仕草だ。
 口角はやや上がり声色を和らげる。
「必要時は身体も売るからな。経口避妊薬を飲んでる」
 気づいていただろう。
 小首を傾げたサンクレッドは言外に示し、彼が日常的に錬金薬を摂取していたのを思い返す。
 ウリエンジェは後悔した。サンクレッドの口から言わせたことも、錬金薬の依頼をしていた自分にも。
「それでも嫌か?」
 蠱惑的な誘いが嘘のように表情が揺らめく。
 それでウリエンジェは、また分からなくなる。分からないままに、彼を否定出来ず受け入れてしまう。
 首を横に振り、涙の跡へ触れるとサンクレッドが頬をすり寄せた。

 室内の色は裸体を演出する舞台装置かも知れない。日頃より血色のいいサンクレッドの肌を間近にして思う。
「楽になさって」
「……そうさせて貰うよ」
 ウリエンジェは寝台にゆとりを持たせ、体勢を整える。飾り板に背を預けていたサンクレッドは、シーツに腹這いになると尻を持ち上げた。
「サンクレッド」
「うん?」
 肩越しに振り返る彼は、ウリエンジェの腰の位置を確かめる。この体位が当然とばかりに。
「後ろから、ですか?」
「初めてか」
 問われ、眉根を寄せる。そういう問題では無い。
「可能なれば正面を希望します」
「このほうが楽だろ」
 サンクレッドは枕へ顔を伏せ、それきり黙り込んでしまった。半ば強制的に性行為へ及んでいながら、この態度とは。
「いいえ。これは私からのお願いです」
 会陰に己の雄を擦りつけウリエンジェは請うた。秘所への道筋を緩慢な動きで往復すれば、白の背中が撓る。ウリエンジェもまた、昔の彼を知っている。変わりがないなら、サンクレッドは性急な質だ。
「欲しいのでしょう?」
 尻のあわいを笠の部分で撫でてやると、蕾がぱくぱくと開きウリエンジェを招く。足の間から覗く陰茎は透明な液を垂れ流していた。
「んン……っ、この……やろ……っ!」
 照らされる壁紙より紅に染まった項へ鼻先を埋める。微かに漂う石鹸の香り。
 ウリエンジェは背中側から腕を差し入れると、丁重に身体を仰向けさせた。
「頑固者」
 当てつけのように、サンクレッドは両開きにした足の片方で褐色の背を叩く。しかし、睨めつける双眸は快楽を湛えていた。
「どちらが」
 大方、表情を隠すつもりだったのだ。窄まりに切先を宛てがい、ウリエンジェは自嘲する。この身を暴いたところで、分かるはずなど無いのに。
「あぁ……ッ」
 ぐちゅん。と楔が突き立てられ、指とは異なる熱が隙間を埋めてゆく。けれどウリエンジェは、中程まで侵入すると動きを止めた。
「ウリエンジェ……?」
「……動いて宜しいでしょうか」
 膝裏を支えていた両手が離され、サンクレッドの腰骨を掴み直す。動くも何も、まだ半分しか入っていない。
「まさか全部、挿れたことが無いのか?」
「全てを収めるのは苦しいと仰るので……」
 どうりで「優しい」わけだ。商売女に限って、そんな筈は無い。彼はまた唆されたのだ。まったく。
「俺は平気」
 心細げに開いた唇を指先で塞ぎ、ウリエンジェの腰へ両足を絡める。性に浅学な彼を甘やかしたいと思った。
「ほら。おいで……」
 ほとんど優越感から放った言葉に懐柔され、ウリエンジェが奥へと割り入る。
「ーーッ、ぁあア!深いぃ……」
 圧倒的な質量が腹の中を貫くと、甘い痺れが背筋を這い上がる。幾度かエレゼンとは寝たが、ウリエンジェはその誰とも違った。彼の性器は、錠前に鍵を差し込んだように内側へ馴染む。
「サ、サンクレッド」
 辛いのですか。と、大きな掌が白銀の髪を散らす。屈んだせいで更に奥へと彼を招く形になり、褐色の腕に爪を立てた。行き止まりへ辿り着いたウリエンジェが脈打つ。
「いい、から……動いて」
 下腹に力を込めれば、ウリエンジェの口際から吐息が漏れる。理性を繋ぎ止める仕草に、サンクレッドの自尊心は満たされた。
「……あっ、ン、ふぁっ、あ……」
 ずるずると幹が引き抜かれ、再び内方へ含まされる。動きの拙さが、むしろ身を味わう交わりで心地良い。腰を送る度にウリエンジェの表情が歪み、浅い息遣いが届くのも愉快だった。
「ァん、……はっ、あぁ……ッ」
 歓を尽くそうと、自らも身をくねらせ快感を追う。サンクレッドは腹の中を引き摺られる感覚が、いっとう好きだ。性感帯を拾うべく、追い縋るように内壁を絡ませる。大抵の相手は穿つことへ夢中になるのだが。
「あ!いぃ……っ、いいよ。もっと、擦って……」
 ウリエンジェの抽送は不快でもなければ、高まりもしなかった。ぐずぐずと繋がりあった場所で熱を燻らせている。相性は悪くないが、上り詰めるには物足りない。サンクレッドは閨での常套句を口にし、彼を煽る。
「……そのように善がらずとも」
 呆れたとばかりに、額から伝う汗を手の甲で拭い「本音と演技の程度は、私にも理解できます」などと宣う。暗に商売女との睦み合いを仄めかされ癪に障る。
「好きにしろ。俺は俺で楽しませて貰う」
「御意に……」
 ウリエンジェは腰に固定されたサンクレッドの両足を解くと、股を横に開かせた。角度を変え、腹側を抉るように打ちつけてくる。
「……んっ、ンッ、それ、気持ちい……」
 動きが大振りになった分、摩擦の範囲も広がり燻っていた熱が高まりを見せる。局部から尻へ滴り落ちる液体は、もう潤滑油だけでは無かった。
「ひゃ……っ⁉︎」
 ごりゅ。肚を探っていたウリエンジェの雁首が、凝りへと当たり上半身が跳ねる。わだかまる熱は甘い疼きとなって、サンクレッドを支配した。
「……見つけた」
 うすら微笑んでウリエンジェは呟き、舌が口唇を舐める。そんな表情は知らない。
 ひと呼吸置いて、ウリエンジェが動きを再開する。サンクレッドの柔いところへ向かい、何度も突き上げると内壁が切なげに纏わりついた。
「アッ、あ!そこばっか……!」
 悦びを覚えた内奥が、幹にしゃぶりついて欲を求め出す。肌は泡立ち、横たえた半身がガクガクと震えた。
 サンクレッドは相手が絶頂を迎えた際、享楽に溺れはしなかった。後ろで感じることはあっても、果てるのは前への愛撫だったからだ。
「……ふ、ぁああ……っ」
 内臓を掻き回すように責め立てるウリエンジェが、竿を引き出す。淵を拡げられると、また甘さが溶けて陰茎から白濁が滲む。
「浅い場所もお好みですね」
 手酷く抱かれはされても、様子を窺う抱かれかたは初めてだ。
 それは自己肯定感の低いサンクレッドを混乱させる。
「ンァあー……っ」
 敏感な淵を繰り返し往復され、とうとうサンクレッドは広い背中にしがみついた。布の手触りがして、彼が服を着たままなのを思い出す。もっと体温を感じたかった。
「……サンクレッド」
 こつり。ウリエンジェに額を合わせられ、息遣いが頬にかかる程の距離となる。形のいい唇が近づき──サンクレッドは顔を背けた。
「それは駄目だ」
 幼い彼からキスを求められたとき、自分は何と応えたか。その場しのぎだったのだろう。覚えていない。
「好きにして良いのでしょう?」
 揚げ足取りも相変わらずだ。強情さに内心、舌打ちをすると褐色の両手が首へ伸びてくる。それだけで次の行動を理解したサンクレッドは、手を引き離そうとした。が、
「ぅあっ、あ」
 的確に甘い場所を掘り起こすウリエンジェに、喉を晒す形となってしまう。美しい爪を持つ指先が首筋を撫で上げ、背徳感が忍び寄る。
「ーーーーッ‼︎」
 躊躇なく頸部を圧迫され、サンクレッドは呼吸を奪われた。それでも酸素を求め、口はだらしなく開き唾液を溢れさせる。下腹に広がる甘い疼きが遠のく意識と混ざり合い、見下ろす金目が綺麗だと思った。
 体感でほんの数秒。締め上げられた頸部を解放され、肺が正常に機能する。その一瞬をウリエンジェは見逃さなかった。
「……んっ、ンぅ」
 湿り気を帯びたサンクレッドの唇をウリエンジェが塞ぐ。彼の薄い唇はかさついていて、まるで潤すように繰り返し啄まれた。一度、触れ合うと自制が効かなくなり、サンクレッドは自ら舌を差し出し口内へと分け入る。
 舌先を吸われる感覚も、啜り合う唾液も蜜かと思うほどに甘い。これは錯覚だ。そうでなければ思い違える。求められている、と。
「……ッは、ア、も、イキたい……!前、触ってくれ……‼︎」
 ウリエンジェの手を奪い、泣き濡れた陰茎へと導く。腰の律動はそのままに指全体で扱き上げられ、サンクレッドは嬌声を上げた。
「あ、ぁ、いく、イク……!」
 裏筋を執拗に責められたかと思えば、親指が先端に添えられる。それはサンクレッドの模倣だったが、充分な快楽を引き起こした。
「……ぁっ、ああっ、サンク……ッ‼︎」
「ひゃ、アッ……んぁあああああアッ‼︎」
 奥の扉を叩く亀頭が体内で飛沫を撒き散らしたのと、先端を押し潰されたサンクレッドが射精するのは、ほぼ同時だった。
「……ん。はーー……ぁ、」
 薄暗い室内に互いの息差しが聞こえる。絶頂の余韻を味わうように留まるウリエンジェが反応を示し、サンクレッドの内壁も時々に痙攣した。隔たりが溶けた感覚に陥っていると、衣擦れの音がして名を呼ばれる。
「……サンクレッド」
 再び近づいた唇を拒もうとはしなかったが、それは触れることなく首筋に埋まった。
 間もなくして寝息が耳へと届く。
「……ふっ」
 情事後にすぐ寝る男は嫌われるぞ。思いつつ、徹夜明けだったウリエンジェの顔を覗き込む。食欲と性欲を満たして眠りにつく表情は、いっそ健やかだった。
 瞼に軽く口づけ身を離すと、ウリエンジェが抜け出た途端に空虚感が襲ってくる。
 サンクレッドは感情に蓋をして、足早に浴室へと向かった。

◇ ◇ ◇

 煙草の匂いが鼻についてウリエンジェは目を覚ました。
 ぼんやりとした視界に黒のチュニックが入り、次いで指先に挟まれた巻紙と紫煙、軽く咳き込むサンクレッドの表情。身体が資本の彼は、付き合い程度でしか喫煙をしない。あれは自分の手荷物から取り出したものだ。
「サンクレッド……」
 渇いた喉で名を呼べばサンクレッドは振り返り、灰皿の上で火をもみ消した。笑った拍子に透明な煙が漏れ出て表情を朧げにする。“普段の彼”だ。
「先に寝てしまうなんて薄情じゃないか」と言い、鈍色の髪に風を通すよう弄ぶ。身支度を済ませた彼のほうが、ウリエンジェには薄情に思えた。置いていかれるのは、いつも自分だ。あの学び舎での出来事だって。
「つけて」
 サンクレッドは手にしたチョーカーを差し出す。倦怠感の残る身を起こして、ウリエンジェはそれを受け取った。背を向けた彼の頸部には赤い痕跡があり、先程の行為を彷彿とさせる。
「苦しかった」
「そのように致しましたから」
 事実だけを告げて褐色の指先がチョーカーを通す。
「酷いやつ」首元を確認したサンクレッドが、独り言のように呟き立ち上がる。寝台のウリエンジェへ向き直り、やや思案した後に顔が近づく。
 唇に触れると思った薄紅色は、逸れて口端を湿らせた。ちゅ。と控えめな音を立て離れていく。
「楽しかったよ」
 また、遊ぼうな。白銀色から覗く瞳を細めテレポを唱え出す。紫色の光が立ち昇りサンクレッドを包むと次の瞬間、彼は消えていた。

 訪れた静寂。
 ウリエンジェは茶器から液体を注ぐと喉を潤す。ザナラーンの紅茶は砂糖がふんだんに含まれていて、疲労を蓄えた体に染み渡った。
 再びシーツに寝そべるとサンクレッドの残り香が漂う。窓を叩く雨音は激しさを増し、この天候で何処へ向かったのかと気がかりになる。どちらにせよ、彼にとっては「ゆきずり」なのだろう。ならば自分も恙なく日々を過ごすべきだ。
 胸を刺した痛みを誤魔化そうと、ウリエンジェは目を閉じた。


 リムサ・ロミンサのアンカーヤードにサンクレッドは佇んでいた。
 深夜、ましてや雨だと言うこともあり彼以外の存在は無い。白い鳥が象徴される噴水に強く雨が叩きつけている。
 眼下に望む黒い海。
 海都時代に盗みを働いては海へと飛び込んだが、流石にこの高さでは命の補償は無いだろう。正直この街にはいい思い出が無い。しかし、時々に訪れては海を眺めるのだった。底の見えない海は一切の感情を呑み込む。

 上手くやれると思った。学び舎での戯れは、思春期の多感さで済まされると。少女のように可憐な彼が成長した時、これからは仲間として共に歩み、守ると決めた。はずだった。
 男としての欲求を、ウリエンジェが他者へぶつけたと聞き眩暈を覚えた。それはごく自然なことであるのに、サンクレッドには許せなかった。美しいかんばせが歪み、精を放つところすら想像した。
「……何で」
 吐き出した言葉は嗚咽まじりだった。滲んだ視界にしゃくり上げると、石畳へうずくまる。
 優しい彼が拒まないと分かって手を出した。この海を渡る前から己の手が綺麗だなどと思ってはいない。けれど今夜、汚れを知った手で触れたのも自分だった。
 明日になれば変わらず仲間として受け入れるだろう。あれは、そういう男だ。
 雨が止む気配はなく、サンクレッドの震える肩を濡らし続けている。欠けた石畳に水が流れ込んで水溜りを作り出した。数刻前、泥が跳ねたと笑う顔が脳裏を過ぎる。

 かわいいウリエンジェ。
 俺は今日、自らそれを奪った。