昔の悪い癖が出るサンク
例えば、ラザハンの路地裏。
極彩色の壁が彩る細道に其れは存在する。甘く焚かれた香、使い古した硬貨に、媚を含んだ声。くだり階段が誘うように佇んでいた。
サンクレッドには酷く懐かしい。欺瞞と虚飾に満ちた場で、玉石混淆の情報を選び取り、対価を払う。もう随分とあの空気に触れていなかった。
どうして止めてしまったのだろう。
ごく自然に身体が傾き、細道へと吸い込まれる。漂うムスクの香りは、すぐさま肌へと馴染んだ。サンクレッドは知っている。それが甘い毒だと。
ふいに視界が閉ざされ、毒と同じ甘美さで低い声が名を呼ぶ。
「其方へ行ってはいけない」
聞き馴染んだ声は、けれど知らない音として響いた。己とは関係のない。
照りつける日差しが、焦燥を掻き立てる。平たい掌を持つ者は、また低音を発した。
「貴方が欲するものはありますか?」
頷く。あの場所には全てがある。何だって、手に入る。
「それは貴方が求めるものですか?」
自己を擦り減らす程に。問われ、サンクレッドはようやく気づく。対価は代償であったこと。多くを得た分、喪失も大きい。
「ち、がう」
手放したくはないと、身体が軋み、渇いた唇が、拒絶する。欲したものは、とうに手の内をすり抜けていた。
覆われた視界がひらけ、代わりに黒い影が日を遮る。よく知る金目が、薄闇に存在した。
「……ウリエンジェ」
確かめるため、名を口にする。手にした幾つかのうち、最後に残った男の。
「ええ。貴方の恋人です」
涼しげに微笑んで、ウリエンジェはキスを落とす。暗がりから、明るさと同時に音が戻り、此処がウルダハでなく、ラザハンであったのを思い出した。
「手間を取らせた」
いつまでも消えない悪癖に、サンクレッドは自嘲する。
「だから私がいるのでしょう」
言って、ウリエンジェは白い手を取ると歩き出した。背を向ける彼の姿は、誇らしげだ。
風が吹いて、異国の花が揺れる。此処は俺の庭じゃない。
例えば、ラザハンの路地裏。極彩色の壁が彩る細道に其れは存在する。
ぽっかりと、口を開けて。