暁月後、クガネでの年越し
馴染みのない場所が良かった。
「……っあ、ぁ……」
自重を伴いナカへと突き通され、サンクレッドは白い背を仰け反らせる。呼吸をした拍子に畳の青臭さが鼻について、此処がクガネであることを思い出させた。
「や、ぁ!それ、気持ちい……」
両胸の尖りに這わされた指先が、表面を撫で上げる。爪先で軽く弾かれてから、摘まれた先端に痛いほどの刺激が走った。
「ぁああ!」
反射的に内側のウリエンジェを締め上げてしまい、鈍色の隙間から覗く柳眉が悩ましげに寄せられた。薄い唇から吐息が漏れ出る。
「っは……サンクレッド……そろそろ、いいですか?」
胸に触れていた両手が、舐めるように下降し腰骨を掴む。裡でわだかまる熱が解放を望み、それだけの仕草で感じ入ってしまう。
「んっ、ぁ、ア……いいよ。出して……っ」
ウリエンジェは赤く色づいた唇を塞ぐと、腰を打ちつける速度を早めた。ぱんっぱんっと肌がぶつかり合う音が、年明けを迎える冷んやりとした室内に響く。
東の果てにある港町で、気ままに二人は過ごしていた。異国の民が行き交う土地は、暁の血盟であった人間を気にも留めない。
坊主が走るほどに忙しい時期のひんがしで、大いに自堕落を極めている。朝風呂に始まり、昼酒とうたた寝、夜になれば抱き合っていた。
これで何度目だろう。
そそり立つ自身は乳白色が薄まりつつある。もっと奥まで穿って欲しくて、サンクレッドは律動に合わせて腰を揺らした。熱塊は凝りへと幾度も、そして的確に快感を分け与え、奥底を切なくする。
「ぁっ、あっ、ア!いく、いく、ウリエンジェ……!!」
抜け落ちる寸前まで引き摺りだされた陰茎がひと息に貫いた時、サンクレッドは痩躯の身体へしがみつき絶頂を迎えた。ウリエンジェもまた内壁の痙攣を味わい、精を果てさせる。
「……ンァ、あぁあ……あっ」
「……っ、サンクレッド……」
薄皮を隔て受け止めたウリエンジェの欲望は、いつもより温かった。静寂を取り戻したベッドの上で秒針の音に気づき視線を時計へ向ければ、ちょうど日付を跨いでいる。
「……年、越しちまったな」
目を眇めてサンクレッドは、湿り気を帯びた唇へと噛みつく。昨日の続きのそれは、いささか濃厚だった。
「明けましておめでとう?」
「ええ。本年もよろしくお願い申し上げます」
ひんがしの言葉遣いで新年を伝えるサンクレッドに、三つ指をつく丁寧さでウリエンジェは答える。
「おい。出掛けるんだろ」
収まったまま再び動こうとするウリエンジェを咎めると、犬がお預けをくらった表情を見せた。
「……足りないのです」
「後でな」
鼻先に唇を寄せ、宥めてから繋がりを解く。外出予定で避妊具を使用した為、シーツに白濁が溢れることは無かった。それでも自らが吐き出した体液は二人の肌を濡らしている。手近にある湯で絞った手ぬぐい──おしぼりと言うらしい──を手に取り身体を乱雑に拭き取る。
「ほら、置いてくぞ」
もうひとつのおしぼりをウリエンジェへ放り投げると、彼は不承不承ながら動き出す。三十路に差し掛かる男に持ち合わせる感情ではないが、いじらしくて可愛いと思った。
◇ ◇ ◇
初詣。その年初めて社寺に参詣する言葉だ。
エーテライト・プラザのある転魂塔広場に簡易的な神社があると聞き、ふたりは望海楼を出て楽座街を歩いている。晴れ着に身をつつむ女性や酩酊した男性。奥の通りからは花街への客引きをする声が届いてきた。夜中にもかかわらず、クガネはにわかに活気づき和色を溢れさせる。
「花魁道中?」
階段を下りるため右手に曲がると、普段は芝居小屋前でビラ配りをしている男性が居た。三が日の午後、小金通りで催されると宣伝している。
「高級遊女の名称ですね」
「花街が其処にあるってのに、よくやるよ」
おや。と口端に皮肉をのせてウリエンジェは問う。
「元暁の色男は、引く手数多では?」
「さあて、な」
視線の先に呉服店の女性を認め、片目を瞑ってみせた。彼女は暗がりでも分かるくらいに頬を染めた後、会釈を返す。
「先が思いやられます」
それでもウリエンジェは嗜め程度に留める。代わりに少し大きくなった歩幅が場を離れたがっていると伝わり、自然サンクレッドもそれに倣う。
半分は本当で、半分は嘘だ。
望海楼で飯盛女を勧められた時も、自分たちは伴侶であるからと断りを入れた。では何故、ウリエンジェを試すよう真似を?
簡単なことだ。サンクレッド自身、彼の許容範囲を測りかねている。言葉を刃に変えるのは自分にとって危険も伴うが、サンクレッドには必要な作業だった。
広場はたいそう賑わっていた。
そこかしこにある焚火を囲い、人々が暖を取る。新年の雰囲気にあてられ口づけを求め合う恋人たち、それを冷やかす者たちも居た。自分たちがそうであったせいか、交わりあった後にも見える。急に気恥ずかしくなって、恋人たちから目を逸らすと隣でウリエンジェが笑う気配がした。
ウミネコ茶屋近くに参拝への最後尾があり、ふたりは並ぶ。焚火を避けながら来たおかげで、半端に暖まった身体が海風を受け震える。
「此方へ」
袂が揺れたと思えば肩を引き寄せられた。低い体温の掌が右手を掴み、そのまま羽織の衣嚢へ押し込まれる。
「こう寒くてはかなわない」
背中越しに伝わる体温と鼓動。ひとりごちた声は、昼に舐めたべっこう飴の甘さに似ていた。サンクレッドは思う。ベッドでのウリエンジェを連れてきてしまった、と。
離れ難いのか性交後しばらくは、こうして身体を触れさせる。それも、自分だけが知ることだ。衣嚢の中で繋がれた手がじんわりと湿度を帯びる。
「……今だけだぞ」
つむじを薄い胸板に寄せて顔を上げながら断りを入れる。外での触れ合いはサンクレッドの好むところでは無い。ウリエンジェはゆっくり瞬きをすると、また笑うだけだった。
そうこうするうちに列は進み、次が参拝の順となる。
「ウリエンジェ、離してくれ」
そこでようやく、手を繋いだままに気づいたウリエンジェが右手を解放した。血の巡りが良くなったせいか、ほんのりと赤い。
「あったまった」
サンクレッドは胸元から財布を取り出すと、中の小銭をウリエンジェへ手渡す。
「ありがとうございます」
ふたりは神前へ並び、前の参拝者に倣い浅く一礼をした。続いて賽銭箱へ小銭を入れ、紅白に結われた紐を揺らし、鈴を鳴らす。深く二礼をしたら胸の前で手を合わせ、二度叩く。
願いごとを考えていなかったと気づき、サンクレッドはやや狼狽えた。終末を退け、五体満足で生き延びた自分が、何かを望むのは贅沢な気もする。
ふと隣のウリエンジェを見ると一心に願っていた。信心深くは無いが、土地ごとの神に敬意を表するのは彼らしいとも思う。そういえば、宿の神棚にも手を合わせていた。
閉じられた瞼が開き視線がぶつかる。夜に浮かび上がる金目を細め口角を上げる表情は、人ならざる者にも見えた。旅に出てからは特に顕著で、何故そのような顔が出来るのかと不思議でならない。
「参りましょう」
再び深く一礼をした後、手を差し出される。サンクレッドは躊躇わずに白い掌を重ねた。
「何を願ったんだ?」
ウミネコ茶屋で振る舞われる甘酒を口にして、サンクレッドはおもむろに尋ねる。猫舌のため湯呑みに浮かんだ酒粕に目を落とし、冷めるのを待ち構えていたウリエンジェが「貴方の代わりにリーンの息災を」と答えた。
「俺の?」
「願い。それ自体を、分不相応と思われるでしょうから」
言葉に詰まる。その通りだからだ。
「私は見かけより、ずっと強欲なのですよ」
手の甲で頬を撫でられ、泣きたい気持ちになる。ウリエンジェは分かっていた。全てお見通しで請け負ったのだ。自分の願いを。
「……ありがとうな」
泣くよりは妥当だからと笑みをかたどる。甘酒から漂う酒粕の香りと、あたたかな湯気。街の喧騒が遠くなるようだった。
「これからどうするか」
空になった湯呑みを茶屋へ返却し終えて、サンクレッドは歩を移す。小金通りを冷やかしに覗くのも、潮風亭で呑み直すのも良い。新年には秘蔵の純米酒を開けると、コトカゼが言っていた。
袖が触れ合う程に距離が近くなっても、もう気にならない。浴衣の衣擦れがシーツを乱す音に重なり、ウリエンジェを見上げる。褐色の頬は上気して、瞳が僅かに潤んでいた。
お互い望むことは同じだ。けれど相手に言わせたくて、三度目はサンクレッドから指を絡める。平時は少しかさついた指先も、今夜は潤沢で爪が切り揃えられていた。彼の「きちんと」した部分は好ましい。
「サンクレッド」
「うん」
「貴方を抱きたい」
切望を含む声に満足し、長身の腕を引く。ふたり分の草履が参拝客とは反対へ向かった。
◇ ◇ ◇
それでまた、ベッドに入っている。
「……ふぁ……あっ」
正面から受け入れたウリエンジェが熱い。外気を纏い出戻った身体は、すでに汗みずくだ。
「……ッ、焦らすなって……!」
全てを収めた充足感の中、褐色の細腰が緩く突き上げるものだから堪らない。内側のみで幾度となく達し、余計に感度が鋭くなっていた。
「んぁああぁ……っ」
同じ緩やかさで内壁を引き摺られ、サンクレッドは声を立てる。抜け出る感覚と喪失感が好きなことを知って、ウリエンジェは動く。後ろから白濁が流れ落ちるのも好きだ。叩きつけられた欲をかき混ぜ、高みを目指す。
「ウリエンジェ……」
シーツを握りしめていた右手を、おずおずと差し出す。最中のウリエンジェは察しが良く、すぐに左手を絡めてくれた。
「手を、繋いでいましょうね」
言って、穏やかに微笑む。望んでいたとばかりに言葉を汲むのだ。
「あ、ぁ、あ」
楔を打ち込まれた内奥が蠢き、求め出す。性に疎い彼を育てたのはサンクレッドだが、身体を塗り替えたのはウリエンジェに他ならない。触れられた場所が何処であっても心地よく、快楽の海に揺蕩う。
「……っな、んか。おかし……ッあ」
太腿が小刻みに震え出して、幹を咥え込んだ秘所がきゅうきゅうと締め付けを繰り返す。繋がれていない褐色の掌は下腹を覆い、外側から圧力を与えてきた。
「ま、待って……ぅあ!」
外と内。両側から刺激を受け、サンクレッドは頭を振る。ウリエンジェの抽送は絶えず続き、呼吸もままならない。目の端でバチバチと火花が散るのが見えた。
「ひゃっ、アッぁ!や、やだ……っ、すぐイクからぁあ‼︎」
「どうぞ」
雁首で前立腺を押し当てられ、ベッドから腰を浮かせたサンクレッドが嬌声を上げる。ほとんど透明となった精液が迸り、腹部を濡らしていく。
「ッアーーー……ふっ、ぅう……」
繋いだ手が強く握りしめられたと思えば、白の裸体ごと弛緩する。ウリエンジェは前屈みになり、しまりなく開いた唇を長い舌で舐め取った。すぐにサンクレッドの赤い舌が伸びてきて、唾液を絡ませ合う。腹いせなのか軽く歯で咬まれてしまった。
「、んっ」
達していないウリエンジェが胎で脈打ち、サンクレッドの肌が泡立つ。そんな姿が愛おしくてならない。
「もう少し、お付き合いください」
くったりした陰茎を握ると、ウリエンジェは亀頭を強めに擦り出した。サンクレッドの肢体が強張り、絡めた指に爪先が食い込む。
「ッあ!?いま、ダメ……!」
白濁を纏わせ滑りのよくなった茎を節くれだった指先が扱き上げる。ウリエンジェは指の凹凸にも彼が感じることを、よく知っていた。殊更、丁寧に裏筋を愛撫すると後ろ足がシーツを蹴りつける。
「あっアーー!!……も、出る、でるぅうっ」
「……ぁっ、私も……ッ!」
掌にある陰茎は慄き、限界を訴えていた。笠の部分を摩擦していた親指を、先端の窪みに這わせ爪を立てる。
「ぁあああぁあんッ」
瞬間、無色の液体が噴き出す。ウリエンジェは飛沫を肌に浴びながらサンクレッドの中へと逐情した。
「……サンクレッド」
ぼやけた視界に焦点を合わせながら、聞き慣れた声を拾う。頭のてっぺんから足の爪先までウリエンジェで満たされた身体は安息し、指ひとつ動かせそうにない。声も出せるかという体だったので、代わりにふにゃりと笑ってみせた。
「無理をさせてしまいましたね」
降りてきた唇を受け止めると、生命を注ぎ込まれたかのように息を吹き返す。楽になった呼吸でサンクレッドは返事をした。
「お前の好きにして」
「そのようなことを……」
本心からの言葉を、そのままとして受け取れず惑っている。眉間に寄せられた皺を、どうにかしたくて折れるほどに細い首を引き寄せた。
「それが、俺の望みだよ」
精一杯の甘えをのせ、サンクレッドは耳元で囁く。ウリエンジェは得心がいかない様子だったが、それ以上は何も言わずにそっと中から自身を引き抜いた。
「今宵は休まれますか?」
「そうする」
言ったそばから指が後ろに伸びてきて、サンクレッドは身構える。「後処理」をウリエンジェに任せ、しばらく経つがどうにも慣れない。愉悦を与えるのとは違う動きで、指先が白濁を掻き出す。
慣れない。常にふたりであることもそうだ。
所属した場を離れ、仲間が存在していた頃とは違う。隣り合うのはお互いだけだ。ここまでだと考えていた距離が、また近づき思い惑う。それはウリエンジェからも、感じるところだった。
「……もう、いいだろ?」
これ以上はウリエンジェが出ていく感覚に耐えられず、褐色の手首を掴み終わりを告げる。薄闇に光る金目が寂しく見えたのは、彼も名残惜しいからだ。
「ええ。終わりにしましょう」
素敵な夜でしたね。持て余すほどの体躯が覆い被さって、でもそれはサンクレッドの身体にぴたりと収まった。
「おやすみ」
柔らかな髪に指を通し、猫っ毛を楽しみながらサンクレッドは目を閉じる。不慣れなふたり旅も、そう長くは続かないだろう。想いが通じ合った後も、こうして身体の繋がりで心を通わせるのは変わらない。自分たちは、そうして関係を保ってきたのだから。
首筋にかかる寝息を子守唄に、サンクレッドは夢路へと旅立った。