かわいいひと

ふたりで紅茶を

 ティーメジャーが三杯分の茶葉を運ぶのを、サンクレッドは眺めていた。
 篤学者の荘園で生活をはじめて暫く、午後の休憩には紅茶を飲むのが習慣となっている。
 湯の注がれたポットはティーコゼーが被せられ、抽出されるのを行儀よく待っていた。
「今日は細かい茶葉ですから、置き時間は二分半で十分でしょう」
 テーブルの砂時計を返してウリエンジェが言う。
 戴き物の焼き菓子がございますので、お持ちしますね。と続けて戸棚に向かう男はおよそ家事というものに馴染みが無いが、紅茶を淹れるのだけは上手い。
「お前が砂の家で紅茶を振る舞った時、あったよな」
「タタル嬢のお茶会ですか……」
 硝子戸から取り出した箱を開けながらウリエンジェが小さく呻くのを見て、サンクレッドは苦笑する。

 タタルのお茶会。
 発端はウリエンジェの小さな親切で、応対続きのタタルへ自分用の紅茶を分けた事だ。それが、いけなかった。
 ウリエンジェの紅茶をいたく気に入ったタタルが暁の仲間へ、その美味しさを吹聴して回ったのだ。あっという間に噂は広がり、ウリエンジェは事ある毎に紅茶をせがまれた。
 解決策として提案されたのがタタル主催のお茶会だ。当日、持ち寄りの菓子を広げた仲間たちのテーブルへ、ウリエンジェがポットを片手に何度も往復していたのを思い出す。長身の背を屈め、タタルと連れ立つ姿は可愛くもあったのだが。
 
「あの時は、一生分の紅茶を注いだ気分でしたよ」
 数種類の焼き菓子が飾られた皿をテーブルに置いてウリエンジェは溜息をつく。
「そう言えば、猫舌は直ったのか?」
 焼き菓子の中からピスタチオのクッキーを選び取ると、サンクレッドは尋ねる。
「私は猫舌ではありません。熱いものが苦手なのです」
「同じだろ」
 さくり。と音を立て口の中で崩れるクッキーが、程よく甘い。
 
 猫舌にサンクレッドが気付いたのはタタルのお茶会で、ウリエンジェが紅茶を口にしなかったからだ。いくら何でも提供する間に飲むぐらいは出来るだろう。
 お開きの時間となり、ようやくウリエンジェが口に運んだのは、すっかりと冷めた紅茶だった。
 後にサンクレッドが確認したところ、先程と同じ言葉が返ってきた。
 猫舌は高温のものを口にした際に舌を口内へ隠せず、神経の集中している舌先に当ててしまうと聞く。
 それでサンクレッドは、ウリエンジェへ舌先を顎の内側へ丸めこむよう意識しろ。と伝えたのだが、実際に行えているかは怪しいのだった。
 
 茶葉の開いたポットを手に取り、ウリエンジェは紅茶を淹れる。
 高い位置から放物線が描かれ、落とされる液体。匂い立つベルガモット。ソーサーの添えられたティーカップを支える褐色の手。
 その所作をサンクレッドは、ほんとうに美しいと思った。
 控えめな音を立て置かれたカップをサンクレッドは受け取り、ひとくち含む。
 鼻に抜ける香りに遅れて渋みが口に広がる。クッキーの甘さが洗い流されると、次の焼き菓子へと手を伸ばしたくなった。
 向かいではウリエンジェが腰掛け、紅茶を淹れた時と同じ優雅さでカップを持ち上げている。
「火傷するなよ」
 サンクレッドの揶揄うだけの言葉は、しかし現実となった。
「熱っ」
 ウリエンジェは口元のカップを慌てて遠ざける。舌の扱いは下手なままのようだ。
 くつくつと笑ってサンクレッドは言う。
「直ってないな」
「貴方が余計なことを仰るからです」
 カップに息を吹きかけウリエンジェは言い逃れをする。そんな所ばかりが頑固で、だからサンクレッドは揶揄いたくなるのだ。
「どれ、見せてみろ」
「? はい」
 テーブルから身を乗り出したサンクレッドの前で、ウリエンジェは素直に舌を伸ばした。エレゼンの舌は少し長めで、火傷をした舌先はほんのり赤くなっている。
 その舌先にサンクレッドは吸い付いた。
「、っ」
 震えたウリエンジェの肩を両手で抑えつけ舌から唇を離すと、もう一度深く口づける。
 口内でウリエンジェの舌を弄れば、逃れようと舌先を丸めこんだ。
「……ん、は。ァ」
 ウリエンジェの息が上がったところで唇を解放すると、サンクレッドは意地の悪い笑みを浮かべる。
「やれば出来るじゃないか」
 口端から零れた唾液を親指で拭いつつサンクレッドが褒めれば、耳を赤に染めたウリエンジェは消え入るような声で呟いた。
「狡い。です」
 歳下然とした姿にサンクレッドは目を細める。
 大先生は、可愛いのだ。