大先生は喫煙者
久しぶりに、それを見た。
鈍色の柔らかい毛が襟足で結ばれている。
サンクレッドが記憶しているのはカウルを纏うウリエンジェが、フードを脱いだ時の姿だった。
装飾品を外した装いで椅子に腰掛ける彼の指には煙草が挟まれている。薄みどり色の巻紙を口へ運び、ゆるりと紫煙を吐き出す。
緩慢な動作で首だけをサンクレッドへ向けると、隈の刻まれた目元が三日月を描いた。
「お戻りなさいませ」
ペンダント居住区に充てがわれた部屋へ訪れるサンクレッドを変わらぬ言葉で出迎える。それが砂の家でも、篤学者の荘園でも、ウリエンジェはそこに居た。そこに「在るもの」だった。
節くれだった指が灰を叩き落とし、受け皿へ置かれる。燻る薄みどり色をそのままにウリエンジェは手招いた。
「お前が」
迎えられたサンクレッドが、ようやく口を開く。
「魔具の作製でひどく疲れてると聞いてな」
差し入れだ。言って、料理屋で手に入れた食料を卓上へと置く。バケットにソーセージ、それからブラッドブイヤベース。魚介好きのウリエンジェが気に入ると思ったのだ。
「お気遣い、痛み入ります」
サンクレッドがウリエンジェを訪れる時、彼は問い質すような真似はしなかった。理由が必要なのは自分の方で、それが悪癖となりいつまでも抜けない。その証拠に心得たとばかりに、ウリエンジェの腕が伸ばされる。
以前より筋質は変わったが、それでも細い腰を引き寄せて鼻先を擦り合わせる。
「嗚呼、貴方に触れたかった」
身体の線に沿い、這わされる掌。懇ろになって──或いはこの世界に渡ってからの──ウリエンジェの物言いは率直で面映い。
彷徨う指先がインナーを捉えると、外気に晒された臍に口付けられて身を捩る。
「……っ、俺を先に食べる気か」
「いけませんか?」
ふぅ。と息を吹きかけウリエンジェは自身が埋め込まれる位置を撫で上げた。
「煙草、そのままだろ」
触れられた場所がじんわり熱くなるのを堪え、嗜める。
「それは失礼を」
吸口近くまで消し灰になった煙草を持ち上げ味わう合間に、サンクレッドは愛機を立て掛けコートを脱いだ。
灰皿の中で火が揉み消される。ウリエンジェの口端から透明の煙が流れ出るのを見て、今日の舌は苦いだろうと思う。
「此方へ」
手を取られ寝台へと連れ立つ。ひとりに広すぎる部屋は調度品の距離も遠い。砂の家のウリエンジェの自室は、本棚に占領され手狭だった。卓上と寝台の距離はほとんど無く、雪崩込むには最適な。
現在のふたりには必要が無い。分別を弁え、待つ余裕がある。サンクレッドは、それが恐ろしかった。
寝台に腰を下ろすとウリエンジェがキスを仕掛ける。唇の表面を何度か啄まれ、薄く開いた隙間から舌が侵入する。絡まる舌先はやはり苦かった。
「っは、ぁ……ウリエンジェ……」
息継ぎの合間に名を呼ぶ。蕩けた金目に見下ろされて身体の奥が疼く。
「髪を解いては下さらないのですか」
己の首に回された腕を撫ぜ、ウリエンジェは尋ねる。束ねた髪を解くのは行為の合図で、いつもサンクレッドの役目だった。
選ぶのは自分だと思っていた。そうしてきたし、これからもそうだ。けれど今、自分は選ばれたい。
傍に在るものを知ってしまったから。
ともすれば泣き出しそうになるのを誤魔化し、重ねて名を呼べばウリエンジェが吐息だけで笑う。
「ね、サンクレッド」
褐色の手がサンクレッドの白い頬に触れる。かさついた指先と煙草の匂い。
「私は上手に“待て”出来ていたでしょう?」
金目が悪戯な光を宿して、後ろ髪を解いた。