幼少期。訓練後のサンク
空を見上げると雲が一面に広がっていた。
雨が降る様子は無いが、暗闇で過ごしていたサンクレッドには眩いほどの明るさだ。
体内時計を養う訓練を受けるため独房に入ったのが数日前。事前に「恐怖で叫び出す者も居る」と聞かされていたが、サンクレッドには無縁だった。闇は海都で過ごす頃からの古い友人だ。
最初の二日は順調だった。空腹も気にならず、暗闇に慣れた目で壁を這うムカデや時々に訪れるネズミを眺めていた。提供された食事の毒味を怠り嘔吐を繰り返したのが三日目で、意識を失ってから時間の間隔が無い。
それでも訓練後、担当者に伝えた日付は「初めてにしては上出来」だそうだ。
治療を受け外に出たサンクレッドは、真っ直ぐに宿舎へと向かう。外気と控えめな日差しは身体の感覚を取り戻させ、泥のような疲れを運んできた。暗闇に慣れ過ぎるのも考えものだ。
広場を行き交う人の多さに辟易しながら歩みを進める。漂ってきた匂いに昼時だとサンクレッドは思い、辺りを見回した。各々が席につき昼食を摂っている。と、その中に見慣れたフード姿を見付けた。
ウリエンジェだ。
席にあぶれたのか階段下に腰掛けている。両脇にはランチボックスと厚い本が広げられていた。
通り過ぎても構わなかったが、サンクレッドは階段下へと赴く。人との接触が無かった数日間で人恋しかったのか、知人と話すことで本来の自分を呼び戻したかったのかも知れない。
「ウリエンジェ」
膝にハンカチを広げサンドイッチを頬張るウリエンジェに声を掛ける。読書に集中して気付かれないと思ったが、数回の咀嚼音と嚥下の後に彼は顔を上げた。飴玉のような、まあるい瞳がサンクレッドを認め名を呼ぶ。
「久方振りですね」
幼い容姿とは対照的に、育ちの良さが分かる言葉遣いでウリエンジェは話す。隣に腰を下ろすサンクレッドは端的に伝えた。
「しばらく訓練をしていてね」
「左様で」
言及することの無いウリエンジェを好ましく思う。実際、彼のそう言う所が気に入っていた。
ウリエンジェはランチボックスからパンを取り出すと、サンクレッドへ差し出す。華奢な手が持つサンドイッチは見た目より大きく感じた。
「これを私に?」
「貴方のことです。昼食は召し上がってないでしょう?」
毒は入っていませんよ。と付け加えるウリエンジェに悪い冗談だと思う。空腹を訴えてはいない胃袋に、それでも人を気遣う余裕の出来た彼に対してサンドイッチを受け取る。
賢人パンで作られたそれは不味く、挟まれたジャムは甘過ぎた。ロランベリーのジャムだと分かり、サンクレッドはようやくと曜日を思い出す。ウリエンジェのサンドイッチは曜日ごとに中身が決まっていた。
私は七日間、あの場所に居たんだな。
目を閉じると暗闇とは異なる色彩が瞼の裏に現れる。ここは独房と違い、薄明るい。
肩に温もりを感じてサンクレッドが寝息を立てていることに気付いた。手渡したパンを持ち、器用に体勢を保っている。ウリエンジェは彼の無防備さに驚く。それ程までに諜報の訓練は過酷なのだろう。
ウリエンジェは身動ぎしないよう努めながら、目を覚ましたサンクレッドの言い訳を考えていた。